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Walk in Osaka

大阪西区在住で散歩しながら写真を撮ったり、Mac、Web、絵本、音楽、映画、生活などの感想を書いてます。

2010.03.15. (Mon)

『ゼロ年代の音楽−壊れた十年』を読んだがよく分からない [Music]

ゼロ年代の音楽---壊れた十年野田努、三田格、松村正人、磯部涼、二木信 著(河出書房新社、2010年1月発行)

二つのトークショー、「音楽・政治・ドラッグ」(2009.10.30)と「サブカル誌ナイト」(2009.11.7)を中心として、2000年代の音楽シーンを振り返る内容。ぼくは、80年代後半から00年代前半まで音楽を聞いてなかったので、本書から得るところを期待したが、よく分からなかった。

90年代、00年代のミュージシャンやグループの名前が全くと言っていいぐらいに分からない。名前が分からないだけならいいが、シーンが分からない。例えば、「セカイ系の『最終兵器彼女』は、」なんて、全く分からない。だから、最初はほとんど飛ばし読みしてたんだ。でも、この人たちの会話にやたら「セカイ系」って言葉が出てくる。

で、このまんま、この本から離れてしまっては、何にも分からないままだよなって、思って「セカイ系」をネットで読んでたらだいぶんに分かってきた。『新世紀エヴァンゲリオン』はビデオで見ているし、下地はあったわけだ。驚いたのは、村上春樹のの『1Q84』なんかもセカイ系のくくりで説明されていることだった。

昨年、ぼくは村上春樹の余りの評判に押されるように『ねじまき鳥クロニクル』と『1Q84』を読んでいる。これらの長編を読み切ったのはストーリーのおもしろさからだったが、結局は後に余韻を残すことなく消費しただけだった。だから、もう村上作品はもう読まなくていいや、って思った。でも、なぜこれほどに評判がいいのかが分からなかった。その疑問がセカイ系をキーワードにすることで何となく分かったんだ。

ということで、本書をもう一度しっかりと読む価値があると思った。

Posted by sugiya at 02:16   パーマリンク

2010.03.09. (Tue)

70年代少女マンガとケータイ小説 [読書]

宮台真司著『日本の難点』を読み始めたら、ケータイ小説を70年代から80年代の少女マンガと比較して説明している。これはおもしろくて納得できる分析だと思った。

ぼくは70年代に少女マンガを夢中で読んでいたことがあった。少女マンガが純文学や恋愛小説を越えているとさえ思っていたことがあった。本書によると少女漫画全盛期は1973年から86年だと書いてある。80年代には、ぼくもいつの間にか少女マンガを忘れてしまっていた。しかし、萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子、吉田秋生などの作家名は今でも覚えている。

宮台氏は美容室でインターンの女の子たちと少女漫画の話をする習慣があり、80年代後半から「少女漫画が難しくて分からない」という女の子たちが目立ちはじめて驚いたと書いている。そういう女の子たちというのは、関係性から退却するオタク系とは別の、関係性を記号化する非オタク系で、80年代半ばから顕在化しているそうだ。

それから20年近くたってあらわれたのが、ケータイ小説で、『恋空』を例にあげて、そこには「関係の履歴」ではなくて「事件の羅列」のみがあると言っている。読者は濃密な人間関係を経験したことがないので、濃密な人間関係を描く小説や漫画や映画に触れるとそれらから疎外されていると感じるのだと。読者が望むのは「ディープな関係の履歴」ではなく、「ディープな事件の羅列」なのでしょう、と書いてある。

関係性というのは、少女漫画全盛期の主人公の少女が置かれた関係性に、読者が自分を重ね、これはまるで自分のようだと感じつつ、現実世界における自分と世界との関係を少女漫画を参考に解釈する、という説明から理解できる。

この関係性は80年代後半に終息し(=少女漫画の終焉)、時代は時の流れを前提とした関係性から15秒コマーシャル的なシーンへと変化したと著者は見ます。シーンはいわば関係性を記号的に短絡したもので、この80年代後半の変化がより広範化し、進化したものこそが「ケータイ小説的なもの」の正体ではないか、と書いている。

なるほどと思った。ぼくはケータイ小説を読んだことがないが、1年前に、濱野智史著『アーキテクチャの生態系』で、やはりケータイ小説『恋空』の詳しい分析を読んだことがある。その時にケータイ小説ってどんなものかが分かっていた。今度、宮台氏のを読んでさらに理解が増した。

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Posted by sugiya at 18:42   パーマリンク

2010.03.06. (Sat)

自分で塩鮭 [生活]

数日前に近所の激安スーパーで、鮭のカマ部分がどっさり入った冷凍品を見つけた。冷蔵庫で2日かけて解凍したんだけど、塩鮭と思ってたんだが違った。焼いたけど、けっこうあぶらっこくてしつこい。

このままじゃダメだなと思って、残りを思い切って塩鮭にすることにした。といってもやり方知らん。まず、水で何度も洗い、それから塩水でもみ洗い。それをまた流水でしっかりと洗ってから、塩をたっぷりとふって冷蔵庫に入れた。

2、3日寝かしたのかな。脂っこさも取れ、身がしまっている。焼いて食べたら、ムチャ旨かった。自分で塩鮭にできると分かって感動した。

Posted by sugiya at 00:43   パーマリンク

2010.03.03. (Wed)

林信行 著『進化するグーグル』に感化された [Web]

進化するグーグル進化するグーグル (青春新書INTELLIGENCE)
(青春出版[青春新書]、2009年1月発行)

グーグルが提供するサービスの紹介書とも読めるが、グーグルの戦略を分かりやすく解説したところに主題があるのだろう。これにすっかり感化されてしまった。今まで、グーグルのサービスについては検索機能をメインにしているだけで、ほかのサービスを利用することに消極的だった。この本を読んでからは、それらに対して積極的になろうという気になった。

本書は、グーグルの歴史とサービス、そして未来戦略をやさしく解説したもの。グーグルの事業内容は非常に幅広いが、そのすべてのサービスはある一つのシンプルなルールに基づいているという。それは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」というグーグル社の創業以来変わることのないミッション・ステートメントだという。本書を読むと、この企業理念が事業としてどのように具体化しているのかが理解できる。

グーグルは1998年創業だが、2002年にグーグル社の検索サービスのAPI(Application Program Interface)の公開を発表している。これは検索サービスを使っているだけのぼくには何のことか全く分からないでいた。もっとも分かろうとしなかったわけだけど。

APIとは、グーグル社のサービスを他のプログラムから利用可能にする技術だそうだ。つまり、開発者が自社のソフトに検索機能を用意したい場合、自社開発しないでも、グーグル社のサービスの機能を利用できるようにするもの。利用する側は非常に助かることになる。グーグルは現在、カレンダーや地図サービスなど多くのサービスでAPIの公開を行っている。これがミッション・ステートメントと深く関わるというところを理解できるところが、本書のおもしろいところだと思う。

ぼくたちはメディアが取り上げるグーグルのサービスばかりに目を向けがちだが、グーグルが目指しているのは、人気サービスの開発ではないらしい。IT業界全体が利用する技術インフラ、あるいは情報社会インフラの構築であり提供だと書いてある。これはAPI公開で行き着くところを言っているのかな。

90年代のIT革命は、マイクロソフト社が提供するOSを技術基盤としていた。マイクロソフト製OSのAPIを利用してたくさんのアプリケーションが誕生し、ソフトウエア産業が盛り上がった。これと同様に、21世紀のIT革命は、グーグルがインターネット上に点在する人類の叡智を整理、集約、OS化し、世界中のIT企業がグーグルの提供する技術基盤の上でサービスを構築していく。これこそがグーグルが本当に目指していることだろう。(p129)

こういったグーグルとは一体、何なのだろう。著者は個人的見解と断ったうえで、

グーグルは、21世紀に相応しい社会や仕事ぶり、暮らしぶりとは何かについて、考えるきっかけを与える巨大な実権プロジェクトではないかと思っている。(p35)

と言っている。

Posted by sugiya at 19:08   パーマリンク

2010.03.01. (Mon)

「Twitter」をやろうかと思った [Web]

Wiredvisionの今日の記事『つぶやきは新しい思考の単位か:Twitterの未来』を読んで、やってみようかという気になった。先日もアップルストア心斎橋の「CSS Nite in KANSAI」で司会の鷹野さんが、ツイッターが大変なことになってますね・・・。情報収集ツールをRSSからTwitterに変える人が増えているそうですよ、なんて言っていた。でもな〜、なんかよく分からないし、と思っていたら、上記の記事にこんなことが書いてあった。

『Twitter』は人気があるようだがそのポイントがよくわからない、と思う人は心配に思わなくてもいい。誰もがそうであるからだ。

背中を押された感じだな。

Posted by sugiya at 15:29   パーマリンク

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